もっとも、強い動機さえあれば、学習はけっして苦行にはならないので、やはりこういう人たちも学ぶことがおもしろかったのだと思います。なんでもそうですが、おもしろさがわかってしまえば、人は努力をいとわず、つづけるようになれるものです。だからこそ、ごくふつうの人が英語に習熟する必要性に迫られる時代には、人々がおもしろさに目覚めるような方法を考えなくてはならないのです。わたし自身のことを話せば、四〇歳まで英語と無縁な生活を送っていました。それから、二四歳までは、そのほかの外国語とも無縁でした。中学・高校ではもちろん、多くの日本人と同様、わたしもいわゆる「学校英語」を学びました。でも、大学で入った学科は国文科。国文科は数ある学科のうちでも、もっとも英語から遠いところにある学科のひとつではないでしょうか。国文科の勉強にはカタカナ英語さえ出てきません。昭和中・後期の文学を卒論にでも選べば別ですが。そんなわけで、英語を学ぼうという強い動機もなければ、英語がとくに好きでも嫌いでもなかったわたしは、英語がうまければいいだろうな、などと漠然と思ったことはあったにしても、自分には縁のないものだという気がしていました。
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