*みんな、もっと怒っていい!

2011.03.31

怒りを抑えてしまうと、喜びや感動にも鈍感に。健全な感情のひとつと考え、表現することが大切ですさまざまなネガティブ感情のなかで、一番わかりやすいのが、“怒り”かもしれません。怒りを感じたことがない人はいないはず。ちょっとしたことで、「ムカつく!」と感じることもあるでしょう。でも、怒りはけっしてみっともないことでも、悪いことでもなく、ひとつの感情表現であり、自分自身を知るための貴重なメッセージです。怒りを表現することでストレスが軽減されるだけでなく、他者と話し合うきっかけをもたらし、最終的には人間関係を明るく導いてくれます。だから、「私は、今までの人生で怒りなど感じたことはないわ」という人がいたら、とても心配です。心の奥底で、抑圧された感情が静かにナイフを形成しているかもしれません。その典型的な例が、凶悪事件です。事件を起こした犯人に対して、ニュースで周囲の人が「あんなに真面目で温厚な人がどうして……」などとコメントしているところを見ると、その人が「表現して解放する術」を知っていたら防げたかもしれないのにと、胸が締めつけられます。怒りとは、自分にとってままならない想いや、自分にとっての理想像と現実に起きたこととのギャップによってわきあがる感情です。だから、ある人にとっては絶対的に許せないことが、ある人にとっては取るに足らないことでしかないこともあり、個人差があるものなのです。怒りは大きく分けてみると2種類あります。ひとつは、ヒステリックに怒りを撒き散らして、八つ当たりをするケース。もうひとつは、けっして表面には出さないけれども、内にこもった怒りを溜めているケースです。前者は、あまり知的ではありませんが、怒りという感情をあらわにできているだけマシかもしれません。手強いのは後者のほうです。内面にこもった怒りはとげとげしく、人の愛を遠ざけてしまいます。「誰も私のことを大事にしてくれない」と感じるのは、自分目身のとげが愛を受け取れなくしているのかもしれません。このように感情を抑え、自分の本心から遠ざかり、怒ることを置き去りにすると、本来持っている感度を鈍くしてしまうことに……。腹わたが煮えくりかえるような感情がなくなれば、喜びや感動を感じる心までも失ってしまうのです。私がみなさんに「大いに怒りを感じてみましょう。怒りを知りましょう」と申し上げるのは、このためです。怒りは他者からの理解を得ることで緩和され、癒されることが多いです。誰しも、人から理解され、労わられる必要があるからです。世界を震憾させた残忍な権力者たちの多くは、誰からも理解されずに育ったという生い立ちや経歴があります。もし、誰かひとりにでも彼らの存在を敬われていたら、現在の世界情勢は大きく変わっていたといわれるほど、認められない、理解されない怒りは社会への影響力があるものなのです。虐待が繰り返される母子の関係も、かつて母親も虐待を受けた経験があるのがほとんどという事実があります。こうしたネガティブな痛みを断ち切るために、あなたの怒りを冷静に聞き、理解してくれる誠実な友人を求めましょう。この世界は冷たいばかりではありません。自分のなかにひきこもっていては、ままならぬ想いだけが降り積もり、あなたの「美力」をどんどん下げてしまいます。また、理不尽なことへの正当な怒りならば、落ち着いて改善策を考えなければならないこともあるでしょう。
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