戦後の化粧品出荷高

2011.04.26

戦後の化粧品出荷高は、昭和二五年の朝鮮戦争による戦争特需が契機となり、飛躍的な成長をとげる。朝鮮特需は不況に喘ぐ日本経済の特効薬ともなり、その好影響はまず繊維業界に現れた。ヤミ糸を使用して「ガチャンと一織り一万円」の儲けがあることを郷楡して「ガチャ万」と言われた。化粧品業界は、昭和二〇年代後半は、その後の高度成長期の化粧品業界の基礎固めとも言える時代となった。業界出荷高統計で見ると、昭和二四年は資料提供本舗数も明確にされ、出荷高とともに、事実上生産統計が信頼される数値として確立された年であり、また、その後の出荷金額の推移から見ても、業界発展のスタートの年と言っても過言ではない。昭和二四年には、化粧品業界における消費者の「化粧品世論調査」が電通により実施されている。調査場所は都市部で、対象は一七ー二七歳の家庭婦人と職業婦人となっている。化粧品の品目別ベスト五、シェアが算出されており、当時の化粧品メーカーの状況がよく分かるので掲載しておく。品目ごとに順位を見ると、クリームは家庭婦人・事務員ではパピリオが一位で、二位以下を資生堂、鐘紡、ウテナ、クラブ、マスターなどが占めている。白粉は一位パピリオ、二位資生堂、三位クラブが上位を占めており、やはり明治の頃からのパピリオの白粉が圧倒的シェアを占めている。
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