縁側から、異なものを考える

2011.12.30

ガラス障子の内側にある縁は、通常、縁側などとよばれるが、そこは座敷のように天井をはらず、軒裏をそのままにみせるのがふつうだ。というのは、日本建築の感覚では、ここは室内空間ではないのである。ガラス障子のなかったむかしは、この縁側には障子をたてず、台風とか大雪のときには、そとから戸板をはめこんでふせぐ以外は、ふだんは吹きさらしのままであったものが多い。いまでもいなかへゆくと、そういう農家を数多くみかけることだろう。

[参考]
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そこで、こういう外部空間でもなければ内部空間でもない、いわばコウモリのような異空間であるぬれ縁や縁側などを、一部の建築家のあいだでは、「つなぎの空間」とか「第三の空間」、などというようによんで、純然たる内部空間や外部空間と区別しているのである。一方、味な空間というのは、はじめにのべたように、室内と庭とを、視覚的・心理的に、ときにはつなぎ、ときにはきりはなす、一種の空間の「連結器」のような役割をもっていることをさすが、それはたんに、視覚や心理にとどまらず、ときには機能的・行動的にも、つなぎの空間としての意味をもっている。