私が30歳になったばかりのころ。私はデパートでデザイナーズブランドの服を売っていました。そのデパートは、都心の奥様方を対象にしたデザイナーものの商品が中心で、販売員も客層に合わせ、40代以上の上品な女性が多く配置されていました。そのためか、出店時や退店時に目にするどの販売員さんも、よい物を身につけていました。当時の私は服飾の仕事についたばかりで、なんとか必死に服装に気を遣い、おしゃれにがんばってはいましたが、服にしてもバッグにしてもアクセサリーにしても、そんなよい物を持っているはずもありません。そんなある日のことです。従業員用エレベーターで売り場へと向かうと、ほかに2人の女性が乗っていました。ふと目をやると、右側の女性の胸が、「嘘でしょ?」というぐらいカッコいい形をしていて、それはまるでヴィーナスの彫刻のようだったのです。まさに「ヴィーナスバスト」です。白いブラウスに黒いスカートといった、きわめてシンプルな服装。正確な年齢はわかりませんが、40歳はおそらく超えていたでしょう。でも、その胸元は、海外のオークションで億以上の価格でさばけるのではないか、と思えるくらいの、超一級の美術品でした。「……世の中に、こんなにも美しい胸元が存在するなんて……」そして、自分のことが恥ずかしくなりました。今まで私ががんばっていたと思っていたおしゃれは、素敵なアクセサリー、かわいらしい洋服と、あくまで外見を取り繕うものだったのです。胸の美しさなんて、考えたこともありませんでした。それまでの私は、わずか3枚のブラジャーをなんと15年間使い回していたのです。心臓がドクドクと激しく脈打つのが聞こえ、天地がくずれるような衝撃を受けました。私は必死で尋ねました。「きれいな胸元ですねえ!どこのブラジャーですか?」チーン。私がその女性に聞くやいなや、エレベーターは女性が降りると思われる階に着いてしまいました。「これで、一巻の終わりか……」と、私はただ手に汗を握っていました。するとその女性は、余裕の表情で「フランス製よ」と一言いい残し、もうひとりの女性と連れ立って消えていきました。そして、エレベーターは閉まり、私も元の世界へと引き戻されましたが、頭の中では「フランス製」という言葉だけが、グルグルと回転していました。ブラがきっかけて恋も仕事もうまくいったこうして私は、たったひとつ残された「フランス製」という言葉だけを手がかりに、必死になってその「運命のブラジャー」を探しました。今から振り返って考えると、「フランス製のブラジャー」なんて、山のようにあるのに、よく、それだけで見つかったものだなあと思います。どこのブランドかも、どこで売っているのかもわからなかったのですから。しかし、私の気合は半端なものではありませんでした。紆余曲折を経て、山のようにあるフランス製のブラジャーの中から、世界でたったひとつの、私のバストをヴィーナスの彫刻のように大きく美しくしてくれる、「運命のブラジャー」との出合いを果たしたのです。店員さんに教えてもらった正しい方法で、自分のバストに合った(サイズが合っているのはもちろんのこと、左右差などの調整もしてもらいました)ブラジャーを身につけたときの高揚感は、今でも忘れられません。買ったその日に、そのままつけて帰ったのですが、帰りの景色が、行きとは違って輝いて見えました。
[参考]
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